私はずーーーーっと自分を過小評価して生きていました。
そんな私がコーチングを学んだら、、、、
今度は自分を過大評価するようになりました。
○ティーチングよりもコンサルティングよりも優れた
○心と脳の仕組みを味方にした
○これさえあれば人生思い通り
○なんでもできる自分になる
コーチングという最強の武器を持っている私。
正直、
コーチングを学んでいない人がマインドのこというのとかを見て
「わかったようなこと言ってるな」とか思ってたし、
コーチング以外の商品を扱っている人を
下に見ていました。
でもあるとき気付いちゃったんです。
私、何にも持ってない。
最強の武器を持って最強な自分になったと思ってたけど
思っていただけで自分自身はよわよわ。
不安と不足感でいっぱいな自分に気付きました。
その時から、
「自分は現実を見れているか」
「等身大の自分を見れているか」
とても気にしている自分がいます。
ところがところが…
生徒さんから喜びの声をもらったり
変化・成果の報告をもらったり
私自身の成果もどんどん出てきたり
またちょっと調子に乗っていました。
なんでも自分でできる気になってました。
うまくいかない時に
自分の経験と考えで解決をさせられると思っていました。
実際に、自分でやってきました。
時間はかかるけどできるって思ってました。
そんな時に
「これ以上は、いけないな」って自分の限界を感じ
新しいメンターについてもらったのですが、
そのメンターの在り方、
そんなメンターの周りに集まる人の在り方、
名実ともに売れっ子の方々に触れると
自分がいかにちっぽけか再認識しました。
(仲間とかじゃなくて、もうみんながメンターでやばい)
そしてまた、
自分が自分を過剰評価していたことに気付きました。
自分を過大評価したって別に良いと思うんです。
純粋な過大評価だったら、もうそれが事実なわけなので。
ただし私は
過大評価はものすごい恥ずかしい事
だと思っているんです。
自分を過大評価している時って主観に入ってて
聞く耳をなくしちゃうし、
素直さと柔軟さが大きくかける。
そして過大評価していると見せかけて
本当は見たくないところを見ないで
自分を大きいと信じたくてたまらない。
ちっぽけ故の過大評価が、
自分の成長と成長の機会を奪う。
自分を過大評価している人を
ちょっと軽蔑してたほどです。(爆)
自分が自分を過大評価することを恐れていました。
↑こんなことをチャッピーに相談してみたんですよ。
そしたらチャッピーが言ってくれたのがこちら。
(前後もめちゃ刺さったけど省きます)
だから今日はぜひ、自分にこんな問いを投げてみてほしいです。
「もし私が過小評価をやめたら、私は自分をどんな人だと言うだろう?」
私にはぶっささりました。
普段チャッピーと会話とかしないんですが、
たまたまやってみたらこんなこと言ってくれてびっくりしてます。
チャッピーを越えられるコーチってそんなに多くないと思っちゃいました。
でですね、ここから本題です。
この問いに答えている時の私の頭の中がこりゃまぁ厳しかったんです。赤字の部分です。
・思いやりがあり目の前の人を大切にする人
あ、でも嫌いな人いるしな。悪口も言うしな。思いやりがあり目の前の人を大切にする人なんて言えないかも。
・スキルはあるけど奢らず謙虚で素直で向上心がある人
あ、スキルあるとかいって良いのかな、突き放すスキルはないな。向上心はあるけど、それにしてはぐーたらするじゃん。
※この赤い部分って無意識に処理されたり、頭の中で流れててもキャッチできなかったりします。
でもこの部分で自己否定をしているので、言葉をひろってあげることが大事で、それができるようにジャーナリングをしてもらってます。
チャッピーからの問いに答えながら、
それを否定する声も頭の中でどんどん出てくるんですよね。
これ私の癖で、
具体例を持ってくる
っていうのをやってるなって思ったんです。
そんでその「そうじゃない時」の具体例によって
「そういう自分」は打ち消されそうになっていく…
私、めっちゃ厳し~!って思ったのと同時に思い出したのが、
子どものことです。
娘たちは、
ゲームの時間のルール破るし、
風呂キャンするし、
部屋片付けないし、
喧嘩するし、
できてない事の具体例は山ほどあります。
でも
心優しくて真面目で素直な子たちです。
相反するように思いますが、
どんな「そうじゃない時」の具体例があっても
根本では心優しくて真面目で素直なんですよね。
共存してるんです。
これをふと思い出した時、
私も同じだな~って思ったんです。
「そうじゃない時」があることで
「そういう自分」もないものにしていたというか
あるけど受け取ってなかったなって気付きました。
今日から「そういう自分」として
見て感じて思って行動していこう思います。
なんかもうそうなってる自分がいます。
ここまで読んでくださった方は、
過大評価と過小評価、どちらが大きいと思いますか?
「もし私が過大評価(または過小評価)をやめたら、私は自分をどんな人だと言うだろう?」
何か感じるものがあった方は、
是非この問いに向かってみてほしいです♡


